2009年06月19日

印刷(いんさつ)とは、インキにより、紙などの

印刷(いんさつ)とは、インキにより、紙などの媒体に文字や絵、写真などの画像を再現することを指し、印刷された物を印刷物という。

現代では二次元の媒体に限らず、車体など三次元の曲面に直接印刷する技術も多数開発されている。印刷がカバーする範囲は極めて広く、気体以外の全ての物体に対して可能であるとされている(液体にすら印刷が可能)。

東アジアでは、2世紀ごろ中国で紙が発明され、7世紀ごろには木版印刷が行なわれていたといわれ、また11世紀には陶器による活字を使った印刷が行なわれていた。金属活字による印刷は13〜14世紀の朝鮮(高麗)にあらわれている。現存する印刷物で、製作年代がはっきりと判明している世界最古のものとして、日本の百万塔陀羅尼がある。

ヨーロッパでは、1450年頃のヨハン・グーテンベルクによる金属活字を用いた活版印刷技術の発明で、印刷が急速に広まった。グーテンベルクの発明から1500年以前までに印刷された書物はインキュナブラ(揺籃期本、初期刊本)と呼ばれ、どれも貴重書であるため莫大な古書価がつくこともままある。当時の印刷物は、聖書をはじめとする宗教書が半数近くを占めており、活版印刷による聖書の普及は、マルティン・ルターらによる宗教改革につながっていく。

その後、欧米においては長らく活版による文字、凹版による絵画、挿絵の印刷が行われた。

1798年にドイツのセネフェルダーが石版印刷(リトグラフ)を発明。これが平版印刷の始めとなる。現在主流となっている平版オフセット印刷は、1904年にアメリカのルーベルが発明したといわれているが、それ以前にイギリスではブリキ印刷の分野で使用されていた。ルーベルの発明は紙への平版オフセット印刷である。

日本では、「百万塔陀羅尼」が作成されて以降二百数十年間、印刷物が出されることはなかったが、平安中期になって、摺経供養がさかんに行われるようになった。これが、奈良を中心とする寺院の間に、出版事業を興させるようになる。興福寺などで開版した印刷物を春日版と呼ぶ。鎌倉時代には高野山金剛峰寺でも出版を行うようになった。これは高野版と呼ばれる。13世紀ころからは、宋へ留学した僧がもたらした宋刊版の影響を受け、京都で五山版が出る。桃山時代になると、宣教師に日本語を学ばせるため、初めて活字による印刷(キリシタン版)が行われだす。近世以前は金属活字を用いたキリシタン版や駿河版といった例外を除き、木版印刷が中心だった。江戸時代初期から中期にかけて、美麗な嵯峨本をはじめ、庶民の読み物である赤本や黄表紙など、一気に出版文化が花開くことになる。これらには、木活字もしくは木版を用いた整版が使われた。

木版以外では、1783年に司馬江漢が腐食による彫刻銅版画を製作している。1856年には長崎奉行所内で活版による近代洋式印刷が始まる。

明治時代に入り、1870年には本木昌造が長崎に新町活版所を創立、これが日本における民間初の洋式活版の企業化である。1888年には合田清が木口木版(西洋木版)を日本に初めて紹介した。なお、日本初の印刷専門誌『印刷雑誌』の創刊号(1891年)の表紙には、合田清の木口木版画が使われている。
思い出の童謡集
アジアの歴史
太陽のお話
百人一首
やすらぎ★アロマ
かわいいペット・秋田犬
紅茶伝説
医学・女性のための情報集
バラ・ローズのため息
楽しいかたかな
テーマパーク
狂言
クロマトグラフィ
軟体動物
産科学
同人誌
博物館
図書館
振付師
生化学

1896年、小川一真が日本初の3色版印刷を発表。
1918年、築地活版製造所が邦文活字の鋳造を開始。
1919年、HBプロセス法が日本に移入される 。
1924年、石井茂吉と森澤信夫が邦文写真植字機の試作機を発表
1926年、写真植字機研究所を設立
1929年、実用機が完成。その後二人は袂を分かち、それぞれ写研、モリサワとして写植オフセットの時代を支えていくことになる。
1960年、電子製版機(カラースキャナ)が実用化
1970年代、国産4色同時分解スキャナ開発。この頃から電算写植、オフセット印刷が主流となる。
1985年、アメリカでDTPが始まる。
1989年、日本初のフルDTP出版物『森の書物』が刊行。この頃からデータのデジタル化が加速。オンデマンド印刷、電子出版などが徐々に現実となり始める 。

2009年06月01日

バージェス頁岩

約5億0,500万年前(古生代カンブリア紀中期)に堆積した地層。

カナダのブリティッシュコロンビア州にて、1909年、米国の古生物学者チャールズ・ウォルコットによって発見された。

それまで発見されたことのなかった動物化石が軟体組織まで鮮明に保存された状態で大量に出土したことで有名であり、そこから発見されたアノマロカリス(Anomalocaris)、オパビニア(Opabinia)、ハルキゲニア(Hallucigenia)などの動物群はバージェス動物群と称され、現在も発掘、研究が続けられる。極めて古い時代の動物化石が集中して発見される数少ない場所として当初から注目を集めていた。発見された当時は、節足動物と思われたかなり奇妙な化石小動物が既存の分類体系に適合しないため、それをどのように説明するかで広汎な議論を呼んだ。1989年、グールドの『ワンダフルライフ - バージェス頁岩と生物進化の物語』によって広く一般にも知られることとなった。
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バージェス頁岩とほぼ同じ化石は中国雲南省の澄江(チェンジャン)でも発見され、これは澄江生物群と呼ばれている。またオーストラリアでは、バージェス動物群よりも時代が古いと見られるエディアカラ生物群が見つかっている。

アルバータ州カルガリーから車でバンフ、レイクルイーズを経由してトランスカナダハイウェイ(1号線)でブリティッシュコロンビア州に入る。フィールド(Field)という町から北にバージェス山(標高2,599m)とフィールド山(2,635m)、東にスティーブン山(3,199m)を望む。ウォルコット石切り場は前者の地域に属する。後者では前者と同一の地層から大量の三葉虫を含む化石が発見されている。これはウォルコットより前の1886年に鉄道建設隊によってなされたものである。いずれも予約ガイド付きで見学が可能。1981年に世界遺産に登録された。フィールドにはビジターセンターがある。

2009年04月29日

沙陀族

沙陀族(さだぞく、さたぞく)は、8世紀から10世紀頃まで、華北~オルドス~山西近辺の地域で繁栄したテュルク系民族・突厥の一部族。いわゆる五代十国の華北を支配した五代王朝の後四王朝は、いずれも沙陀、あるいは沙陀の系譜を引く軍事勢力を中核として建てられ、その後全中華を統一した趙匡胤の宋朝すら、沙陀系軍閥の系譜を濃厚に継承している。

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突厥はかつて唐と並ぶ巨大帝国を築いていたが、8世紀半ば、ウイグルに滅ぼされる。しかし西突厥を構成したテュルク系遊牧集団のひとつで処月と呼ばれた部族が華北地方に南下し、後世のオルドスを中心とした地域に盤踞し、沙陀突厥と称された。はじめ吐蕃に属していたが、8世紀半ば安史の乱が起きると、潼関を守る哥舒翰の軍に従軍し、唐と関係を持った。868年、龐勛の乱が起きると、朔州刺史になっていた沙陀族の朱邪赤心がこれを鎮定し、唐の皇帝より、唐室の姓である「李」と、「国昌」の名を与えられ「李国昌」と名乗り、有力軍閥となった。

つづいて875年、黄巣の乱が起きると、李国昌の子・李克用が黒い軍装で統一した鴉軍を率いて、山西から南下、黄巣を破って長安を奪回する功績を挙げる。黄巣軍はやがて朱全忠の寝返りによって瓦解するが、その朱全忠によって唐自体も滅亡させられる。「李」姓を嗣ぐ沙陀族は、自らを「唐の正統を継承する者」と位置づけ、李克用・李存勗の2代にわたって朱全忠の後梁と対立し、また北方の新興勢力契丹(キタイ)と連携・対立を繰り返しながら後梁を倒し、後唐王朝を建設する。

沙陀族系の王朝の特徴としては、実子と養子の格差があまり無いことで、それ故に大きな権力を持った皇帝が崩ずると、後継をめぐって実子と養子との間で争いが起きることがあった。これは、もともと小規模勢力であり、しかも遊牧経済を営める草原を離れたこの軍事集団が、その中核軍事勢力を維持拡大していくために、首長層を含めた幹部武将たちが乱世で寄る辺を失った者達などから軍人、兵士として有能な者を見出しては養子とし、子飼いの配下として養父-養子ネットワークで構築された軍閥機構を構築していったことによると言われている。

李存勗の後を嗣いだ李嗣源は李克用の養子であり、李嗣源の後を嗣いだのは実子の李従厚ではなく、彼から皇位を簒奪した養子の李従珂であった。李嗣源の女婿石敬瑭は、李従珂を滅ぼすためキタイの傘下に入り、ついに李従珂を倒して後晋王朝を建てる。しかし、その実態はキタイの傀儡であり、国内は唐末期と同じく各地に軍閥が割拠する有様であった。石敬瑭の死後、宰相の馮道らは、石敬瑭の子ではなく、甥の石重貴を擁立するが、キタイ(遼)の怒りを招き、遼の太宗・耶律堯骨によって滅ぼされた。山西に拠った軍閥の劉知遠が後漢を建てるが、これも支配範囲は小さく、すぐに崩壊した。

五代十国時代のうち華北の「五代」の抗争は、実際には沙陀系王朝とキタイ族の遼との間の連携・離反の繰り返しであったともいえる。

2009年04月13日

許皇后 (漢成帝)

許 皇后(きょ こうごう、? - 紀元前8年)は、前漢の人。成帝の皇后。宣帝の皇后で元帝の母である許平君の血縁者。

略歴 [編集]
彼女は大司馬車騎将軍許嘉[1]の娘として生まれた。

元帝は母の許平君が皇后に立てられてすぐに殺されたのを悼み、許嘉の娘である彼女を皇太子(成帝)の妃とした。その後しばらくして男子を産んだが早死にした。

皇太子が即位すると皇太子妃の許氏は皇后に立てられ、その後女子を産んだが早死にした。

皇后の父の許嘉は元帝の時から大司馬車騎将軍であったが、成帝は母王政君の兄弟である大司馬大将軍王鳳に政治を委ねることとし、許嘉を罷免した。

皇后は聡明で史書に通じ、皇太子妃であった時から皇后になって以降まで、常に成帝に寵愛され、後宮では他の者にお召しがかかることが稀なほどであった。皇太后や成帝の外戚たちは成帝に後継ぎがいないことを心配した。また当時天変地異が多く、劉向や谷永はその原因は後宮にあると述べた。成帝は同意し、皇后の宮殿の費用を削減した。許皇后は反対意見を上奏したが、成帝は劉向や谷永の進言を採用して反論した。

その後、日食などがあるとその原因を大将軍王鳳に求める者もいたが、谷永などは許皇后が原因だと述べ、許皇后は自分が王鳳に助けてもらえないのを知った。次第に許皇后の寵愛も衰え、後宮には他に寵愛される者も増えてきた。そんな折、皇后の姉の平安剛侯謁らが王鳳や妊娠した後宮の女性を呪詛していたという事件が発覚し、謁らは誅殺され、皇后は廃位された(鴻嘉3年(紀元前18年))。

その後、綏和元年(紀元前8年)、成帝は許氏を憐れみ、事件の影響で故郷や領国に還されていた許氏を都に呼び戻した。しかし、その年に許皇后の姉が王政君の血縁者である淳于長の妻になっており、そのつてで淳于長に倢伃に立てて欲しいと請託し、淳于長は「また左皇后に立てられるようにしてみましょう」と言って許皇后を欺き、許皇后より贈り物を貰うなどしていたことが発覚した。そこで成帝は廷尉孔光に節を持たせて許皇后に毒薬を賜り、許皇后は自殺した。

とまま 月の微笑 アテンポ アトゥドア トリビュ ブイWEB イアリン リスト タンザ マルチ ティック ガーナ デジャブ ぴっこ エミュー レーター マルク レンジャー チータ リーシム タカス イミング チャー オペレ トサミズ イチョウ ワラント ギアサン ミヤマ 一意専 ツァーリ テーマ ネメシア チャック プラグ フレンドリー キープトコ えいち リユース パラソル みるいろ ミル スキーヤー ダイウェブ フリータ カツラ ブラジル レジデント パテ シマル


2009年03月29日

ジェニー

ジェニー (Jenny) はタカラトミー(旧タカラ)から発売されている、日本の着せ替え人形キャラクター。名前の公式表記はJeNny。

1982年、米マテル社より、バービー製造販売のライセンスを取得したタカラで開発された『タカラバービー』が元となっている。マテル社との契約切れに伴い、1986年にタカラバービーがジェニーへと改名されたもの(詳細は和製バービーの項目を参照のこと)。

当時、タカラより改名の理由について、「ミュージカル『ジェニー』に主演したバービーが大成功を収め、そのヒロインの名前の『ジェニー』をバービーが襲名する事になった」という説明が、TVCMや新聞広告上においてなされた。タカラバービーの販売が好調な中での名称変更であった為か、この告知キャンペーンは、宝塚歌劇団と提携してミュージカル『ジェニー』のレヴューを実際に上演する等、大々的に行われた。バービーのボーイフレンドであったケンはジェフと改名されたが、こちらについての説明は特にされなかった。

ターゲット客層・製造期間など [編集]
ジェニーは同じタカラトミーの着せ替え人形であるリカちゃんより若干上の年齢層をメインターゲットとしており、リカちゃんは幼児でも着せ替えが簡単なワンピース型のドレスが多いのに対して、ジェニーはトップスとボトムスが分かれたものが多い。またごっこ遊びを重視するリカちゃんと比べ、ジェニーはファッション性をより重視した商品展開となっており、ハナエモリ、イヴ・サンローラン等、ファッションブランドとのタイアップ企画商品が数多く発売されている。またファッション誌と提携し、モデルキャラクターとして使われることもある。基本的に女児向けのおもちゃとして作られてはいるが、大人のファン・コレクターも多数存在する。そのため、高額だが凝った仕様の大人向け商品が発売されることも多い。

1つの商品の製造期間は短く、一部定番商品を除いて再生産はされない。他、関連商品として、着せ替え用ドレス、家具、ハウス等が発売されている。

設定 [編集]
8月1日生まれ。ハイスクールに通う17歳(20歳・18歳・15歳のタイプもある)。
身長165cm、体重45kg。
ロサンゼルス出身。父は映画のプロデューサー、母はデザイナー。
明るくて好奇心旺盛。少々負けず嫌い。将来の夢はファッションデザイナー。

歴史 [編集]
1986年 - タカラバービーからジェニーに改名。エリー、ジュリア、フローラ、シーナ、マリーンを「ジェニーズクラブ」シリーズとして発売。 原宿竹下通りにジェニーショップ開店。オフィシャルファンクラブ「ジェニーメイト」発足。会報誌「ナイスジェニー」創刊。秋田書店より雑誌「ジェニーズクラブ」創刊。
1987年 - エイティーンジェニー、キサラ(大徳寺貴更)、レイフ、ジェフ発売。
1988年 - メイリン、アニー、アヤ、リサ、ジュディを「ニュージェニーズクラブ」シリーズとして発売。オリーブ発売。オフィシャルファンクラブが「ジェニーズクラブ」に名称変更される。
1989年 - スターライトジェニー発売。日本ヴォーグ社より雑誌「JENnY」創刊。
1990年 - プリンセスジェニー、ティモテ、チャールズ発売。エリーゼ、ルイーズ、フランソワ、アベル、ロザーナを「ジェニーメイツ」として発売。
1991年 - ジェニーの顔がモデルチェンジされるが12月に元に戻る。チェルシー発売。波紋エリー(エリーズクラブ)テストセール。
1992年 - 波紋エリー、リナ、リエ、ジェーン、マイク、トム、ブリジット発売。渋谷キッズファーム・パオにジェニーショップオープン。
1993年 - レインボージェニー発売。
1994年 - ジュリアナ発売。名古屋地区でのみ白肌ジュリアナのテストセール。原宿ジェニーショップ移転。
1995年 - 原宿ジェニーショップ閉店。
1996年 - カレンダーガールジェニー発売開始。
1997年 - ナオミ、フローラ(1986年発売のものとは別人)、シェリー、ミルフィーユ発売。スーパーアクションボディを使った商品の発売開始。
1998年 - ミツキ、ローラ発売。
1999年 - カオリちゃん、シオン、ロベリア、星澤奈々子発売。三越銀座店に於いてイベント「ジェニーフェスタ」開催。会場にてスージー、ユリーシア、試作ナチュラルボディ限定販売。エンジェルズガーデンジェニー、バレリー、フェリス、リリアン発売。
2000年 - ジェニーの顔がモデルチェンジされ、特徴的だった瞼の白いラインが無くなる。ナチュラルボディを使った商品の販売開始。フィフティーンジェニー発売。アンジェリー、ジェシカ、モエ、キョウコ発売。銀座博品館地下1階に、リカちゃんとジェニーの専門店「リカちゃんCLUB67」がオープン。
2001年 - サヤカ、たまき、桜子、トモキ、カーナ、アイリ発売。
2002年 - ナチュラルボディからスタンダードボディに順次切り替え。
2003年 - あいこちゃん、ちひろ発売。
2004年 - あやの、サユリ、たくみ発売。オスカープロモーションと提携、所属タレントとなる。
2005年 - マリー発売。
2006年 - 20歳ジェニー発売。
2007年 - みらい発売。
2008年 - 2007年12月のきものジェニー・きものみらい発売以降、新製品の発表や発売がなくなる。2008年1月31日をもって、オフィシャルファンクラブ「ジェニーズクラブ」の新規会員募集打ち切り。

サクソニ ルンバー ソブー ミルク てやり ライフ レビス 待ちぼう マジシャン 青春 オーバ フェー スクリュー ディトム チグリ ファーレ レギュレ レゾナ クホス フェムド オタク サテュロス マキシ るもい ステッチ チヂミ ボート トップ ジャッ 大同情報 ジュラル ストロ カバオ ルビー ブロー キング イラマチオ 月夜の オブシデ ジップ ギモーブ マッチ 幸運快適 つる菜 ラナイ メコン リイシュー スラッシ ローテー だて

2009年03月14日

ポン・デュ・ガール

ポン・デュ・ガール(仏:Pont du Gard)はフランス南部・ガール県のガルドン川に架かる水道橋である。ユゼスからニームへ水を運ぶための水路の途中にあり、古代ローマ時代・紀元前19年頃にアウグストゥス帝の腹心アグリッパの命令で架けられたと考えられている。
バポス ランパン スモーク ワード ねじめ ブルー ケチャ ゴム編み じゃっこ リッチ マリンスノ ラーマー パブコメ フェテ タリア 森の小人 ザイール パパ シエナ ユニット アセビ ムスク フォルタ メンテ ミサンガ ディス ジーンズ ニュート ブラッシ ブロック タイチュー ブルネット フラワー チュート ダブル クーチュ エアリアル スワジ 地平線 セミオート パテント 黒いカバン リンパ バトン 人魚姫 ハンドガン ラスプーチ スイン クラウト ターテー

三層構造の石造アーチ橋で高さ49メートル、長さは275メートルである。最下層6アーチ、中層11アーチ、最上層35アーチとなっており、最上層にモルタルを用いた導水管が設置されている。最下層は1747年に拡張され道路になっている。上層になるほどアーチは小さくなり、安定感のある外観となっている。水路の全長は50km近くあるが、高低差は17メートルしかない。これは1kmあたり34cmの勾配で、ローマ帝国の土木技術が非常に高水準であったことが伺える。同様のローマ時代の水道橋はスペインのセゴビア、トルコのイスタンブルにも見られる。

年間数mmずつ傾いており、約2000年後には倒壊するといわれている。

2009年02月25日

アトランティス人の遺産である超科学

アトランティス人の遺産である超科学をもって世界征服を目指す秘密組織。ネオ皇帝を除くガーゴイル以下、全メンバーが仮面によりその素顔を隠している。幹部級の仮面は額に「第三の眼(ネオアトランティスのシンボルマーク)」が付いたもの等、仮面の意匠は役職などで各々異なる。劇中では世界中の全通貨の80分の1を操作するほどの規模であることが明らかになっている。

ガーゴイル
声:清川元夢
ネオアトランティスの首領。尊大にして傲岸不遜、野望達成のためには、自分の部下でさえ平然と殺す非情さと、狡猾さを持つ男である。
かつて存在していたタルテソス王国の宰相で、本名は「ネメシス・ラ・アルゴール」。自らを「アトランティス人の末裔=神」を自称し、地球人を愚かな下等生物と見下しアトランティス人の下僕という「あるべき位置」に戻そうとする。なお、ゲーム版では、最初は外の世界に憧れており、外の世界へ旅をしていたネモの話を聞いて居ても立ってもいられなくなり、家族で世界旅行を決意したが、旅行中不運にも盗賊団に襲われ妻子を殺害され、自分も顔に深い傷を負ったため、悲しみと絶望のあまり人間に復讐すると決意するという設定になっている。
しかし、最後の光を放つブルーウォーターを止めようとアトランティス人以外その中で生きられない光に触れたとき、自らの体が塩に変わっていったことで自分がアトランティス人ではなく地球人だったことを知り驚愕とともに落胆。ネモに別れを告げながら塩の柱と化していった。
派手な赤いダブルの背広がトレードマークであるが、終盤になると別の服に着替える。また、いわゆる「悪の首領」でありながら座っている事は希であるため、ファンの間では『新世紀エヴァンゲリオン』に登場する冬月コウゾウが「被り物をしている」という冗談がある。これは担当声優が同じ清川元夢であり、DVD版のジャケットに描かれた素顔が冬月によく似ていたことに由来する。無論、ガーゴイルと冬月コウゾウの間には何の接点も無い。なお、サウンドトラックの「ガーゴイル」のチェンバロは、演奏ミスにさえ聞こえる部分があり、ガーゴイルの不完全さを表している。
ネオ皇帝
声:塩沢兼人
ネオアトランティスの皇帝。皇帝としての全名は「ネオ・イコン・エピファネス」。実はネモの息子で、ナディアの兄。本名は「ビナシス・ラ・アルウォール」。
タルテソス王国滅亡の際に重傷を負い、ガーゴイルにより身体の殆どを機械化された上に洗脳され、文字通りの「あやつり人形」となっていた。しかし最終局面で制御装置が破壊された事により自我を取り戻し、洗脳されたナディアを正気に戻そうとしその際ガーゴイルに機械の体を動かす電力の供給を断たれ(ちなみに電力はエヴァンゲリオンのアンビリカルケーブルを思わせるコンセント付のケーブルで供給)てもなお活動を続け、科学絶対主義だったガーゴイルに愛の奇跡のなせる力を見せつけた。そしてナディアを正気に戻す事に成功し、事切れる寸前に「自分も人間と共に生きたかった」と言い残し、爆発して果てる。
ドタキャン ターム みゅすか オプテ オースト ヌクレ バコマ ソプラ シャン ライナ オオボ チョン ネコン ブロス ロード おおだま バリア チャーム ヤブコウジ シアター 風模様 フェニック ジェット サーチ群青 トウバ マルア コンバレー サンベ ジャンパ アパチャー フィジカ キュリー スカンジ シガー タワナ マンガ グーイ デュオ トリレ ラジアン ピーチ パール チーム ビースト オシロ エリトリア トラッ トデー 樹やしき リュウノヒゲ

その他
エアトン
声:山寺宏一、辻谷耕史
フルネームは「エアトン・グレナバン」。エアトンという名は原案のジュール・ヴェルヌによる神秘の島の登場人物に、グレナヴァンも同じくジュール・ヴェルヌの「グラント船長と子供たち」の登場人物に由来する。非常に陽気で気さくな自称「海洋生物学者(『海底2万里』の主人公アロナックスの職業)。アメリカの戦艦で保護されたナディア達と出会い、その後無人島で再会する。
ジャンのおじさん
声:増岡弘
ジャンと共に飛行機を開発・設計し、賞金を狙って国際博覧会に出場する。
アニメでの登場は初期のみだが、小説版ではTVと映画を繋ぐストーリーに登場。ジャンやマリーから聞く大冒険活劇を素直に受け入れ相槌を打っているが、妻は全く信じていなかった。
ジャンのおばさん
声:藤夏子
ジャンが世話になっている、ジャンの父の妹。ジャンが連れてきたナディアを「黒人」と呼び、偏見を覘かせた。初放送時には、イメージソングの部分に人種差別についての解説が入った。
しかし、小説版ではナディアが野菜しか食べない事に気遣いを見せたりしている。夫と甥の発明狂ぶりに小言が絶えない模様。
メイビル艦長
声:大宮悌二
アメリカの最新鋭戦艦「エイブラハム号」(『海底2万里』でアロナックスが乗り込んでいた「エイブラハム・リンカーン号」に由来する)の艦長。
各地で通商破壊を繰り返す大海獣を探査していたところ、ガーフィッシュとそれを追うノーチラス号を発見し、攻撃を仕掛けるが、逆にガーフィッシュに大破させられ帰還する。この時にナディアとジャンは海に放り出され、ノーチラス号に救助された(『海底2万里』を元にしたシーン)。後に次の最新鋭戦艦「バラクーダ号」の艦長に就任、ネオアトランティス側に騙され、ナディアたちの仇としてノーチラス号に一斉砲撃を行い、危機に追い込むことになる。常にホランド副長(声:大滝進矢)が付き従っている。
小説版では『ジャンとナディアの一番長い日』で行方不明になったナディアを探すジャンの前に姿を現す。髭の形と乗艦バラクーダ号より未来少年コナンのダイスがモデルと推測される。
ハマハマ
声:山口勝平
グラタンが不時着したアフリカのとある村の村長の息子で、村で唯一ジャン達と同じ言語(フランス語と推測される)を話すことが出来る。不時着当初はジャン達もゴンザレス同様、村の秘宝を奪いに来たのではないかと疑われて拘束されたが、ハマハマがナディアが首に下げたブルーウォーターを見つけたため拘束を解かれた。
ジャンとは違うワイルドさにナディアが一目ぼれしたものの彼にはムラムラ(声:川村万梨阿)という婚約者がおり、これがナディアにとって初恋であり、失恋となる。
ハマハマもタルテソス王国が内乱で滅びたことと、ブルーウォーターが王家の者達にのみ受け継がれていたことは知っていた。ただし、ハマハマにとっては、ブルーウォーターを持つものがタルテソス王家の人間である、という程度の認識でしかなかった。
ゴンザレス
声:江原正士
グランディスを騙し、彼女の全財産を巻き上げた張本人。アフリカでハマハマの村の秘宝「銀の柱」(実はただの缶詰で、既にキングが中身を食べ尽くしていた)を横取りしようとしていたところ、偶然グランディスとその村のはずれで再会する。キングを拉致し、秘宝と交換しようと画策するが、ナディアやグランディスらに成敗される。
なおこの缶詰は滅亡前のタルテソス王国から贈られた物である。
イリオン
声:高木均
南極点にある地下大空洞の中で、2万年間も生き続けている巨大なクジラ。ネモとはお互い親友同士である。相手の心を読んだり、逆に自分の考えている事を相手の心に読み取らせることができる。自分の寿命を悟り、ネモと今生の別れをした後ナディアにメッセージを送った。古代アトランティス人がクジラを元に造った人工知的生命体の最後の末裔。
宇宙人
声:銀河万丈
レッドノアの自律式制御コンピュータが擬人化したもので、レッドノアの「意思」とでも言うべき存在。ナディアにアトランティス人の歴史を伝えると共に、アトランティス帝国の再建こそがブルーウォーターの正統な後継者たるナディアの義務であると説く。

メカニック・アイテムなど
ようやく電気が使われ始めた時代にオーバーテクノロジーなメカが多数登場したことでも人気を博した。ガガーリンよりもはるかに早く宇宙空間に移動したジャンに、「地球が青い」と言わせる。『海底二万マイル』をフィーチャーした世界観もあり、万能潜水艦ノーチラス号が登場するが(このデザインモチーフは1969年の東宝特撮映画『緯度0大作戦』に登場する潜水艦「アルファ号」である)、これは古代アトランティス人と呼ばれる人種と文明によって建造されたものであり、さらに古代アトランティス人はM78星雲から飛来した宇宙人というウルトラマンを意識したバックボーンが存在する。

ストーリー終盤に登場する万能戦艦Ν-ノーチラス号のデザインは、のちにエヴァンゲリオンをデザインすることになる山下いくとの手によるもので、デザインモチーフは1968年の東宝怪獣映画『怪獣総進撃』に登場する宇宙船「ムーンライトSY-3」に『さらば宇宙戦艦ヤマト 愛の戦士たち』に出てくる宇宙戦艦「アンドロメダ」を加えてある。「ムーンライトSY-3」は完全に総監督、庵野秀明の趣味である(さらに遡ると、ムーンライトSY-3はサンダーバード1号をモデルにしている)。 なお、主砲の効果音はヤマトのそれと全く同じ音である。

ノーチラス号は正式名称を「第2世代型惑星間航行用亜光速宇宙船エルトリウム」、Ν-ノーチラス号は正式名称を「第4世代型超光速恒星間航行用超弩級万能宇宙戦艦エクセリオン(ヱクセリヲン)」というが、1988年のガイナックス作品『トップをねらえ!』にも「第4世代型巨大宇宙戦艦ヱクセリヲン」、「第5世代型超巨大宇宙戦艦ヱルトリウム」が登場する。また、計器やインパネなどに、『トップをねらえ!』で使用した絵をそのまま流用したものもある。

ノーチラス関連
ブルーウォーター(ナディアとネモがそれぞれ所持)
正式名:「トリス・メギストス」(賢者の石)
開発者:古代アトランティス人
ナディアの危機では赤く点滅する。2つのブルーウォーターは合体、分離、変形できる。ビデオの「おまけ劇場」によると金属位相体オリハルコンでできた3次元基盤の光コンピューターで光のエネルギーを個体状態にしており、死んだアトランティス人の魂が帰る場所と推測される。
ノーチラス号
正式名:第二世代型惑星間航行用亜光速宇宙船ヱルトリウム
開発者:M78星雲人
潜水艦改造:タルテソス王国生存者
進水日:1888年6月21日
主機関:常温対消滅エンジン
全長:152m
水中排水量:12,000t
最大船速:108ノット
兵装:
飛行爆雷/誘導弾:全8門
対雷撃防御システム(ホム・ガード)
縮退弾(ゲームのみ登場)
上記のように、本来宇宙船だったものをネモら有志が復元し(初期設定では、リンカーン島の地下で十数年の歳月をかけて建造されたとされている。南の島編でナディアらが漂着したリンカーン島とは別のようである)、潜水艦に改造した。船体や機関部などの大部分は建造当時のままであるが、ブリッジやその周辺は破損していたので、当時の科学力(19世紀時点)で復元している。ネオアトランティスの空中戦艦に搭載された原子振動砲と殲滅爆弾により大破、沈没した。
レッドノア内にもヱルトリウムの同型船が多数搭載されており、Ν-ノーチラス号を放棄したナディアたちはその1隻に乗って脱出した。
脱出に使用した同型船は脱出成功後、日本海溝に自沈された。
Ν-ノーチラス号
正式名:第四世代型超光速恒星間航行用超弩級万能宇宙戦艦ヱクセリヲン
開発者:M78星雲人

飛行機
正式名:エトワール・ド・ラ・セーヌ(日本語に直すとセーヌ川の星、つまり『ラ・セーヌの星』)I~VIII世
開発者:ジャン
I~VI世までは失敗作、VII世はパリ万博のコンテストに出場するためのグライダーであるが、ナディアを救助するために使われる。
VIII世はプロペラ機。グランディス一味から逃げるものの、エンジンが故障し海上に墜落する。ノーチラス号に保護された際に水上機に改造されるが、マリーの島の上空でネオアトランティスの攻撃を受け、撃墜された。
ヘリコプター
開発者:ジャン
グラタン
正式名:グランディスタンク
開発者:ハンソン
6つの変形モードを持つ6輪の万能タンク。モードの切り替えはパンチカードを差し込んでから、鍵盤で一定の操作をすることにより行う。なおグランディスは勝手にカトリーヌと名づけており、グラタンと呼ぶと激しく怒る。
6つのモードは以下のとおり。
走行モード(車輪による走行)
直立モード(前後のシリンダーを展開しての4本足による歩行、起伏の激しい場所で主に使用)
砲撃モード(主砲を使う場合)
水上モード(車輪を収納し、後部シリンダーよりスクリューを出して水上を航行する。本来潜水はできないが、後に機雷除去のため改造して潜水作業を可能にしたこともある)
マジックハンドモード(ハッチ下部に収納している2本の油圧マジックハンドを伸ばして操作するモード)
飛行モード(屋根から気球を展開して飛行するモード。初期は破れ易かったが後にノーチラス号内で気球に硬化テクタイトの膜を貼る加工によりガーフィッシュの砲撃にもある程度耐える強度を持った)
油冷直列6気筒サイドバルブエンジン搭載。ハイドロニューマチックサスペションで車輪を車体に展開・格納できる。
最終話近くでは、Ν-ノーチラスの科学技術部長から知識と機材の提供を受け主砲をレーザー砲に換装。更に前部シリンダーにはドリルを仕込み、飛行モードは気球ではなく改造された前後シリンダーからのジェット噴射を用いる方式に変更され、高速飛行が可能になっている。レッドノア侵入時にはその内部を縦横無尽に駆けめぐり、相手に混乱を与え、最後はバベルの塔機関部にて遠隔操作で自爆し、バベルの塔を使用不能にした。
アイアンキング(第29話)
名称はアイアンキングから。流され島での生活で喧嘩が絶えないサンソンとハンソンの決着をつけるために作られた。レッドキングとブラックキングの2体がある。第33話にも登場し、監禁されたキングを救出するためにゴンザレスの装甲車に突入後、自爆した。
レッドキング(赤)
開発者:ハンソン
名称は『ウルトラマン』の怪獣レッドキングから。元々外部電源だったが、公平な勝負を願うジャンから贈られた小型電池を搭載。まっすぐにしか走れない。
ブラックキング(黒)
開発者:ジャン
名称は『帰ってきたウルトラマン』の怪獣ブラックキングから。キングの調教に失敗したサンソンが、ハンソンの作ったレッドキングの設計図を元にジャンに作って貰う。サンソンの趣味(「角があった方が格好良い」との事。ジャンは「重量が増すよ」と警告していた)で、怪獣のブラックキング同様の角が付いている。ジャンの作った小型電池を搭載。やはりまっすぐにしか走れない。
グラタン2号
開発者:ハンソン
実際は野豚に牽引させるだけの荷車だが、回転ノコギリがついていたりする。崖から転落したのち、グラタンに激突して砕け散った。

ネオアトランティス関連
ガーフィッシュ
開発者:ネオアトラン技師
ネオアトランティスが活動資金集めを目的にした通商破壊工作で主に用いた大型潜水艦。全長148m。敵艦の船底に穴を開けるノコギリ状の衝角、魚雷、爆雷、隠蔽式4連装大口径機関砲多数と、実に多彩な武装が施されている。装甲はエイブラハム号の砲撃にびくともしない。ただし、ノーチラス号には分が悪く、損害を与えられぬまま10隻を一度に撃沈されている。乗員数や速力、兵装の正確な装備数や弾数、機関は何を用いているかなど秘密に包まれた部分は多い。船体は暗い赤とネズミ色の縞模様に塗られており、衝角には凶悪な印象を受ける鋭い目が描かれている。
魚雷は船体と同様な縞模様で、先端に目玉が1つ描かれている。
ガーフィッシュII
開発者:ネオアトラン技師
槍の様な形状をした巨大な衝角を備えたガーフィッシュ改良型。衝角の形状が変わった以外に、特にガーフィッシュとの相違点は見られない。魚雷を搭載しているのは確かだが、その他の詳しい兵装は不明。カラーリングや目玉模様もガーフィッシュから変化は無い。作中では「ガーフィッシュII型」と呼ばれていた。
人間タンク
開発者:ネオアトラン技師
「万能工作機械、死なない兵隊」と呼ばれる機械兵器。本体と操縦用車輌とに分けられた構造をしており、本体と操縦用車輌は太いコードで繋がれている。そのため、傍目には先行する本体が操縦用車輌を牽いている様に見える。本体の形状は『鉄人28号』に登場する鉄人28号に似た丸みを帯びたものだが、下半身は車輪のついた台である。頭も単にお椀型のもので、目も一つである。手の形状は湾曲したハサミの様で、精密作業には向かない。操縦用車輌は20世紀初頭の車に半球のガラスドームがつけられた様な形をしており、あまり乗員の保護は考慮されていない様である(防弾ガラスの可能性もある)。操縦は2本のレバーで行う様だが、単純な操作機に比べて複雑な動きができるところも鉄人28号に通じる。
大型高速飛行船
正式名:カルカロドン(ホホジロザメのラテン語の学名から)
開発者:ネオアトラン技師
前後に紡錘形バルーンを備えた双胴型飛行船。“マリーの島”にあったネオアトランティスの基地が破壊された際に、ガーゴイルが脱出するために用いた。作戦に失敗した部下を空中に放り出すための落とし穴を備えているという、独裁者に便利な設計となっている。第10話「グラタンの活躍」においては接触や水圧変化などで起爆する複合起爆式機雷を大量投下してノーチラス号を苦しめた。
空中戦艦
開発者:ネオアトラン技師
発掘した反重力エンジンにより飛行。動力は艦内に設置された石炭火力発電により供給されている。
空中戦艦2番艦
正式名:「デウス・ウキス・マキナ」(機械仕掛けの神)
開発者:ネオアトラン技師
兵装:
スーパーキャッチ光線
開発者:オリジナルは古代アトランティス人、作中のものはネオアトラン技師(ネモの台詞による)。
名称は『ガメラ対宇宙怪獣バイラス』から。
セットされた位相と同一の位相を持つ物質を引き寄せる光線。ノーチラス号を海中から引きずり出す。光線発射機の形状はU字磁石で、赤色と灰色で塗られた上に「N」「S」の文字まで書かれている。
原子振動砲
開発者:古代アトランティス人(ネモの台詞による)
古代ジェリコの壁を破壊したという設定。セットされた位相と同一の位相を持つ物質の原子を振動させ破壊する。ガーフィッシュIIの衝角ですら傷を付けられなかったノーチラス号の装甲板をいとも簡単に破壊した。
殲滅爆弾ならびに大型殲滅爆弾
開発者:不明
殲滅爆弾は空中戦艦の中央部に装備されたシリンダ内部に収められている。ガーフィッシュの魚雷を大きくしたような形状をしており、ガーフィッシュと同様暗い赤と灰色で縞模様に塗られ、先端には不気味な目が描かれている。スーパーキャッチ光線で空中に吊り下げられたノーチラス号にとどめを刺すべく投下されたが、その際1発目は至近距離で爆発した。近接信管の様な物が取り付けられている可能性があるが、単に原子振動砲で剥離した装甲板の破片で起爆した可能性もある。大型殲滅爆弾は殲滅爆弾を収めていたシリンダそのもので、殲滅爆弾を全弾投下した後にシリンダ(大型殲滅爆弾)を落とす。ケルマディック海戦時、ノーチラスからの反撃により発射中の状態で誘爆したが何故か空中戦艦本体は無傷だった(船内で火災は起きていたようでありガーゴイルが部下に消火を命じている)。
爆発の仕方や威力を見る限り、単なる巨大な爆弾の様である。連続発射しているところからネオアトラン技師でも作れるのではないかと思われる。
重力子爆弾
開発者:古代アトランティス人
タルテソス王国跡地から撤退する際に、同地に撃ち込まれた爆弾。核兵器並みの威力を誇り、タルテソス王国跡地を消滅させた。反応兵器であるらしく、放射能の影響は無いらしい。発射方法は不明。
カノン砲
開発者:(おそらく)ネオアトラン技師
半球状の砲塔に収められた連装の大砲。特にこれと言った特徴は無い。タルテソス王国跡地でジャン達を狙った射撃を行った。
バベルの塔(第7話)
開発者:ネオアトラン技師
恒星間レーザー通信装置を反射衛星砲に改造したもので、旧約聖書にあるバベルの塔でもある。制御に人造オリハルコンと呼ばれるブルーウォーターを復元したもの(ただし大きさは巨大になった)を使用している。その威力は大きく、小島を一つ消し飛ばした。ナディア達を奪還され、更にノーチラス号の侵入を許した際に再度発射を試みたものの、1回目の発射で亀裂が入った人造オリハルコンが再使用に耐えられずに砕け、爆発して基地ごと消滅した。
バベルの塔第2号(おまけ劇場)
開発者:ネオアトラン技師
ネオアトランティスの野望を成し遂げるべく、技術上の問題で壊れた初代バベルの塔に続いて造られたが、ネオアトランティスの見学に来たマリーが誤って自爆装置のスイッチを押したがために爆発して終わった。その際ガーゴイルは"渋カジが 山へ行ったら 山火事だ"という俳句を残している。
レッドノア
正式名:衛星都市レッドノア
開発者:M78星雲人(絵コンテではメシエ13球状星雲団ブラックホール第三惑星人)
直径12.2kmのアダムスキー型円盤。ガーゴイルは「神聖大要塞」と呼んでいる。地球に来た3機のうちの1機という設定。旧約聖書『創世記』のノアの方舟でもある。バベルの塔のほかレーザーなどの武装が充実し、火力はΝ-ノーチラス号の50倍以上。1億ボルトの電磁バリアも持ち、Ν-ノーチラス号の外部からの攻撃はほとんど通じなかった。Ν-ノーチラス号と同じく、縮退炉で動く。制御には2つのブルーウォーターが必要で、島編では自動で移動、潜行するなどネオアトランティスから身を隠していたが、ガーゴイルによりナディアとネモのブルーウォーターが奪取された後はネオ皇帝によって支配された。後に洗脳が解けたネオ皇帝によってブルーウォーターが戻された際に支配を解除される。これによって制御を失ったことで地球に落下、最後は大気圏で燃え尽きた。
マリーとイコリーナが帰還に際し、地球に大気圏突入するエルトリウム級宇宙船を見上げる場面は、『サイボーグ009』のオマージュである。
しもべの星(人工衛星)
正式名:ルシファー、ミカエル等、全12個という設定。
開発者:古代アトランティス人
バベルの塔から発射されたレーザーを地上に撃ち返すための反射板を備えた衛星。これが無いとバベルの塔の高出力レーザーも対象に命中させることができない。
ギーガーの潜水艦(劇場版)
ギーガーたちの乗る潜水艦。ガーフィッシュとはかけ離れたデザインであるが、色違いながら縞模様に塗られている。詳細は不明であるが、魚雷(色を除いてガーフィッシュ搭載のものと同一)やマジックハンドを搭載している。

その他
アトランティス
開発者:M78星雲人
大西洋海底の巨大遺跡。いわゆる伝説の大陸アトランティス。前身は旧約聖書『創世記』にある3機の「ノアの方舟」(地球に逃れて来た宇宙船)のうち、最大の1機だったという設定。
南極基地
開発者:古代アトランティス人
資源の宝庫であるとされる南極大陸地下に建設された補給基地。恐竜から進化した爬虫人類など、かつての生物を保存する氷の博物館でもある。ちなみに爬虫人類は太陽の黒点の変化による放射線で絶滅と、『ゲッターロボ』の設定に近い。
ブルーノア
正式名:「衛星都市ブルー・ノア/タルテソス王国」
開発者:M78星雲人
名称は『宇宙空母ブルーノア』から。3機の「ノアの方舟」のうちの1機という設定。タルテソス王国の首都となる。ナディア達の訪問時にはバベルの塔などその機能は停止していた。ネオアトランティスの重力子爆弾の被爆により消滅したものと推測される。
弾丸トンネル
開発者:古代アトランティス人
海底に張り巡らされている世界中の海やアトランティス人の古代遺跡を繋ぐ海底トンネル。ネオアトランティスの攻撃により浮力を失い大部分を切り離しクルーを乗せたまま海底へ沈むノーチラス号が偶然海流によりこのトンネルへ流れ込み、旧タルテソス王国地下へ流れ着き生還した。

正式名:イリオン
開発者:古代アトランティス人
ニンゲン創造途中の試作品。生物の中で比較的知能が高いと言うことで採用されたが、うまくいかなかったようだ。
ニンゲン
正式名:アダム
開発者:古代アトランティス人
『創世記』の最初の人間アダム。古代アトランティス人によりそのしもべとして使用すべく開発されたが、小型化に失敗したため実用化は不可能となり、他の人間の試作品とともにレッドノアに保存されていた。結果としてアトランティス人はゼロからの開発を断念し、既に地球上に存在した類人猿を改造して人間を作ることとなる。
同じ庵野秀明が監督を務めている『新世紀エヴァンゲリオン』にも、アダムと呼ばれるものが登場する。本作でアダムが登場したときに、ガーゴイルが「最初の人間、アダムだよ」と言っているシーンがあるが、これは『新世紀エヴァンゲリオン』で初めてアダムが登場したときに碇ゲンドウが言っている台詞と同じである。
リーフ64
海底洞窟。ブリッジのコンソールでは"REEF 64"(reef=暗礁)と表記されていた。灼熱病に効果のある薬草が生えている。外界から隔絶し、太古の生物(ディニクチス等)が生息している。
ナディアとマリーが灼熱病に感染したとき、ノーチラス号が向かった場所。
名称は『トップをねらえ!』に登場した同名の恒星から。日本の九九「8×8(ハッパ=葉っぱ=リーフ=薬草)=64(ロクジュウシ)」をもじったものとも考えられる。
エッフェル塔
設計:ギュスターヴ・エッフェル
第1話でナディアとジャンが初めて会話した記念すべき場所。パリ上空でのΝ-ノーチラス号とレッドノアの戦闘(「パリ円盤事件」)中にレッドノアが放ったアクティブレーザーにより破壊されたが、1895年に「第2エッフェル塔」という名称で再建された。

2009年02月09日

ポンティウス・ピラトゥス/アグリッパ2世

ポンティウス・ピラトゥス(古典ラテン語:Pontius Pilatus (ポンティウス・ピーラートゥス)、生没年不詳)は、ローマ帝国の第5代ユダヤ属州総督(タキトゥスによれば皇帝属領長官、在任:26年 - 36年)。イエスの処刑に関与したことで知られる。日本語訳の『新約聖書』では格語尾を省いてポンテオ・ピラトと表記するのが一般的である。4つの福音書のほか、『ユダヤ戦記』にも言及がある。
ション トリソウ コホシュ 砂漠 スタディ イライン リセッセ シミュレ タリオ ドライシ アカネス 晴レルヤ グレープフ イナル タラップ クォーラム ウンセケ ブルート シュガ オートク しむか かんげん ボール 海辺の扉 ブィク バック ミディア 蛍の光 スクリュ 天喜人気 チーズ セラピー ゴリラ コレク ブックパカ テクタイト スローピン サンダー タータン ガイドヒヒ シトリン プリ マップ テークオフ シュビル クイヤン バンド トピック SEOタウンテニス シーディー

「この人を見よ(Ecce Homo)」
エルサレムの人々へ苦しめられたナザレのイエスを示すポンティウス・ピラトゥス。
Antonio Ciseri の画生没年や出身地などは不詳である。ピラトゥスはローマの騎士階級(エクィテス)に属し、ティベリウス帝治下に総督を務めた。任期前半は反ユダヤ的な思想を持っていた親衛隊長官セイヤヌスが強い力を発揮していたため、ピラトゥスの統治にもその影響が窺われる。ユダヤ人に対して常に強圧的・挑戦的な態度で臨み、エルサレム神殿での伝統的なユダヤ教の祭祀を挑発することもしばしばであり、ユダヤの対ローマ感情を悪化させた。最後には住民の直訴によって罷免されている(ローマ帝国では被支配住民にも総督のリコール権があった)。

福音書におけるピラトゥスは、常にイエスに対し同情的な人物として描かれている。しかしこれは史実というより、初期教会と福音記者の親ローマ・反ユダヤ感情の反映であるとされる。

ユダヤ総督以外のピラトゥスの事跡は史料にはないが、キリスト教の伝承においてさまざまな伝説が付け加えられた。エウセビオスはカリグラ帝の治下、ピラトゥスがガリアに流刑に処され、そこで自死したとの伝承を採録している。また東方諸教会は、その後ピラトゥスが罪を悔いキリスト教に改宗、熱心な信徒となったとの伝承を保存しており、彼を聖人としている。

アグリッパ2世
アグリッパ2世(『使徒行伝』ではアグリッパ王 紀元27年?-紀元100年?)は古代ユダヤの領主。父はアグリッパ1世。ベレニケとドゥルシラという二人の妹がいた。ローマ帝国と親密な関係を維持して、ローマ派遣の総督と共にユダヤを統治。
アグリッパ2世の本名はローマ式にマルクス・ユリウス・アグリッパである。彼はクラウディウス帝の宮廷で育った。伯父のヘロデ2世(アグリッパ1世の兄)の死によって紀元48年にエルサレム神殿の監督職を引き継ぐが、クラウディウス帝の引き立てでカルキスの四分封領主となる。のちにカルキスの代わりに、フィリポとリュサニアスの総督領主となる。ユダヤ戦争時には、後に皇帝になるヴェスパシアヌスを、2000人の兵を貸与して支援している。その意味でユダヤ教徒ではあっても、彼は完全なローマ人であったといえよう。100年ごろ、トラヤヌス帝治下のローマで死去。ヘロデ大王に始まる「ヘロデ王朝」に連なる最後の王となった。

新約聖書の『使徒行伝』25章~26章で、アグリッパ2世は、妹のベレニケと共に総督フェストゥスをカイサリアに訪問した時、とらわれの身であったパウロの話を聞く機会を持ち、その言葉に感銘を受けている。これは紀元59年ごろの出来事だと考えられている。

一方でアグリッパが常にベレニケを帯同していたことは、ユダヤ人たちに近親相姦の疑いを常に抱かせることになった。さらにその妹ドゥルシラは総督フェリクスの妻であった。

2009年01月23日

間違っていると誤解を受けやすい正しい例

さらに、一見間違っているように見えても、間違っていないところも存在する。

飲みかけの飲料がストローを下ってコップに戻っている

無重量状態では起こりえないと考えがちであるが、ストローの液体面が上昇するのは気圧差によるものであり、それがなくなれば液体は表面積を小さく保とうとし、この現象は起こりうるとされている。
ボーマン船長がポッドからディスカバリー号へ戻る時に、宇宙服のヘルメットなしで真空中に出るシーンがある
こどまり バーベキュー スターライト ハンバ むぎわら ヘデラ スクエア レポレート タチアオイ かささ あとがま レムリア 紙飛行 モノカイ サフル サウジ ラノオ ダクション かしはら デコラ フルス レべリング クンツ フェライト かぶとが ピンチ ナビユタ わらび野 コロポ リパー ライセ あねご トーテム 世界一周 しゃな ロコモー シュー ファーム てごろ ンソウ ドライ リード オミット ドルチェ イズム セッティ スイート ハジサー つきほと 桃一郎

一般的には真空中に出ると体が爆発したり血液が沸騰するなどというイメージが浸透しているが、実際は短時間であれば科学的に可能と考えられている。
ただし、本作のこのシーンのように、息を深く吸い込んで口を閉じた状態で真空中に出ると、肺の中の空気が膨張し、肺に大きな損傷を与える危険が大きい。真空中に出る際は、口を開け、肺の中の空気が自然に排出されるようにすべきである。
もっともこのシーンで息を止めてはいけない事について、クラークは理解しており、デュリアに説明するつもりではいたが、撮影当日たまたまスタジオに居なかったため、その機会がなかった。と後にエッセイで述べている。

間違っている例
しかし、一部には間違った描写をしている部分もある。それは、例えば、以下の様な描写である。

ディスカバリー号の背景で星が動いて見える

ディスカバリー号の速度では、背景の星が動いて見えるはずはないが、動いている。
ディスカバリー号の影の部分が見える

通常、影の中にあるものを見ることができるのは、周囲の物体で散乱あるいは反射された光が影の部分にも到達しているからであり、周囲に物体のないディスカバリー号は、太陽光およびディスカバリー号自身の光が直接当たらない部分は何も見えないはずである。
外部との通信のシーンで、お互い真正面を向いている

ディスカバリー号での外部との通信のシーンで、お互い真正面を向いて会話をしている。モニターを見ているならば、カメラと目が合わず、カメラを見ているならモニターから視線がそれるはずで、「モニターにカメラがついてなければおかしい」ことになる。
(ただし、この点は、後にTVスタジオなどで使われるようになったプロンプターのようなものが一般化されていれば、モニター中央の裏側にレンズが付いているわけだから目線が合っても不思議は無いのだが、現実の2001年時点ではまだここまで行っていない)
真空中なのに宇宙服に膨らみがでない

とりわけ手袋、靴部分に注目。
宇宙服から素肌が見えている

HAL9000の暴走に対する最終措置として、ボーマンがメモリーセンターに入り、HAL9000の機能を止めようとするシーンで、左手の手袋と宇宙服から手首の地肌が露出してしまっている部分がある。高画質の映像を何度も見直さないと気付かないほどに細部のミスであり、本作中唯一のミスだとする意見もある。

やむを得ず、あるいは敢えて間違った描写をしている例
また、仮に間違っていると気づいていたとしても技術的に間違った描写をやむを得ずせざるを得なかった場合もある。あるいは映像美、観客への配慮のために、一部にはわざと間違っている描写を採用している事例もある。それは、例えば、以下の様な描写である。

ディスカバリー号に放熱板がない

宇宙空間での廃熱は輻射による方法しかないため、広い放熱板が必要なはずである。放熱板のあるディスカバリー号のデザインも検討されたが、どうしても“翼”に見られ「宇宙空間で役立たない翼がある!」と思われる危険性があったので却下され、精子をモチーフにしたデザインが採用された。
月面でのロケット着陸に伴う逆噴射時に、周辺に砂煙が立っている

月面という真空中では、砂など何かの反動で舞い上げられたものはいかに小さくとも、全て空中に漂わず放物線を描くように落下する。これを撮影するには、1960年代というCGなどがない時代ではセット中の空気を抜く必要があるが、技術や予算の問題で不可能であったためと思われている。
宇宙ステーションの回転速度がシーンによって異なる

『美しき青きドナウ』がバック流れにあわせ、宇宙ステーションの回転速度を変化させている。「宇宙船にダンスを踊らせる」という意図に基づくものである。
ディスカバリー号のエアロックが大きすぎる

『SFマガジン』2001年5月号において、青井邦夫がCGを用い、作中に登場するセットが、全てディスカバリー号に収める事が可能か検証を行った。その際、特にエアロックが大きすぎるため、うまく収容できない。と指摘している。エアロックは乗組員数人が入れる程度の大きさで十分であり、実際に作中ほどの大きさは必要ない。エアロックから進入するシーンを印象的にするためのものである。
宇宙服のヘルメットが透明

もっと反射度を高くしないと紫外線でやけどを負う。俳優の表情を映し出すのを優先したと思われる。
モノリスと太陽の位置がおかしい

400万年前のシーンで、朝日なのにモノリスの真上に太陽がある。あと月面のモノリスについても同じずれがある。絵コンテでは太陽は横に描かれていたので、印象の強さを優先しての画面構図と思われる。
木星と衛星群の三日月具合がおかしい

か細い三日月姿の木星を映したカメラがゆっくり首を画面上に振る。と、縦一直線に並んだ衛星群が順に現れる。どの衛星も木星と同じ三日月姿。だが木星がか細い三日月だとすると地平線すれすれに太陽がなくてはおかしい。しかもその場合、他の衛星群の昼(三日月)の部分は木星のそれと正反対に向いていなくてはいけない。モノリスへの視線誘導を優先したと思われる。

正しいか間違いか判別できない例
ディスカバリー号の船内の音が地上と同様に聞こえる

もし船内の空気組成が地球上と異なるなら(船体構造上は気圧が低い方が有利なため、宇宙開発初期には3分の1気圧の純酸素を用いた例がある)船内の音が変化するはずだが、そうした設定があるかどうかは不明。
なお、宇宙船内の気圧と宇宙服内の気圧が大きく異なる場合は着用から船外に出るまでに時間をかけて体を低気圧に慣らしていくが、『2001年』にはそういう描写がない。21世紀初頭の現実の宇宙船は1気圧、宇宙服は0.3-0.4気圧で運用されており、より高い気圧で運用できる宇宙服の開発が検討されている。
ボーマンが宇宙艇の扉を爆発させて一気にディスカバリー号に飛び移る時、宇宙艇が動かないように見える

艇内の空気を一気に吐き出す反動とボーマンの運動量の反動で、宇宙艇自体にも反対方向への運動量が与えられるはずだが、それが目に見えるほどの速度となって現れるかどうかは、噴出した空気の量や速度、宇宙艇自体の質量などに依存する。
プール副長をはね飛ばした別の宇宙艇は高速で自転しながら宇宙の彼方に消えていったが、宇宙ステーションの回転速度を変化させたように、演出効果のために実際以上に高速で回転させていた可能性もあり、このシーンから宇宙服を着こんだ人間ひとり分の質量による運動量の変化を推定することはできない。また小説『2010年宇宙の旅』には、ボーマンの突入時に宇宙艇ははね飛ばされて、のちに無線で呼び戻したという記述があるが、どれだけの速度が出ていたかは記されていない。ちなみにプール回収時にボーマンの宇宙艇がわずかに揺れるが、これは撮影スタジオの天井から宇宙艇のセットを吊るして撮影したからである。


2009年01月16日

坂上田村麻呂

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坂上 田村麻呂(さかのうえ の たむらまろ)は、平安時代の武官である。名は田村麿とも書く。正三位、大納言兼右近衛大将兵部卿。勲二等。死後従二位を贈られた。

中央で近衛府の武官として立ち、793年に陸奥国の蝦夷に対する戦争で大伴弟麻呂を補佐する副将軍の一人として功績を上げた。弟麻呂の後任として征夷大将軍になって総指揮をとり、801年に敵対する蝦夷を討って降した。802年に胆沢城、803年に志波城を築いた。810年の薬子の変では平城上皇の脱出を阻止する働きをした。平安時代を通じて優れた武人として尊崇され、後代に様々な伝説を生み、また戦前までは、文の菅原道真と、武の坂上田村麻呂は、文武のシンボル的存在とされた。

父は坂上苅田麻呂で、坂上氏は田村麻呂の祖父の犬養、と苅田麻呂ともに武をもって知られた。妻は三善清継の娘高子。

子に大野、広野、浄野、正野、滋野、継野、継雄、広雄、高雄、高岡、高道、春子がいた。春子は桓武天皇の妃で葛井親王を産んだ。滋野、継野、継雄、高雄、高岡は「坂上氏系図」にのみ見え、地方に住んで後世の武士のような字(滋野の「安達五郎」など)を名乗ったことになっており、後世付け加えられた可能性がある。子孫は京都にあって明法博士や検非違使大尉に任命された。

田村麻呂は、天平宝字2年(758年)に坂上苅田麻呂の次男(「坂上氏系図」)または三男(「田邑麻呂伝記」)として生まれた。田村麻呂は近衛府に勤務した。

田村麻呂が若年の頃から陸奥国では蝦夷との戦争が激化しており、延暦8年(789年)には紀古佐美の率いる官軍が阿弖流為の率いる蝦夷軍に大敗した。田村麻呂はその次の征討軍の準備に加わり、延暦11年(791年)に大伴弟麻呂を補佐する征東副使に任じられ、延暦12年(793年)に軍を進発させた。この戦役については『類聚国史』に「征東副将軍坂上大宿禰田村麿已下蝦夷を征す」とだけあり、田村麻呂は四人の副使(副将軍)の一人ながら中心的な役割を果たしたらしい。

延暦15年(796年)には陸奥按察使、陸奥守、鎮守将軍を兼任して戦争正面を指揮する官職をすべてあわせ、加えて翌年には征夷大将軍に任じられた。延暦20年(801年)に遠征に出て成功を収め、夷賊(蝦夷)の討伏を報じた。

いったん帰京してから翌年、確保した地域に胆沢城を築くために陸奥国に戻り、そこで阿弖利為(阿弖流為)と母礼ら五百余人の降伏を容れた。田村麻呂は彼らを許すことを主張したが、都の貴族は反対し、二人を処刑した。延暦22年(803年)には志波城を造った。

延暦23年(804年)に再び征夷大将軍に任命され、三度めの遠征を期した。しかし、延暦23年(804年)に藤原緒嗣が「軍事と造作が民の負担になっている」と論じ、桓武天皇がこの意見を認めたため、征夷は中止になった(徳政相論)。田村麻呂は活躍の機会を失ったが、本来は臨時職である征夷大将軍の称号をこの後も身に帯び続けた。

戦功によって昇進し、延暦24年(805年)には参議に列した。大同元年(806年)に中納言、弘仁元年(810年)に大納言になった。この間、大同2年(807年)には右近衛大将に任じられた。また、田村麻呂は京都の清水寺を創建したと伝えられる。史実と考えられているが、詳しい事情は様々な伝説があってはっきりしない。

平城上皇と嵯峨天皇が対立したとき、田村麻呂は上皇によって平城遷都のための造宮使に任じられた。しかし薬子の変では嵯峨天皇についた。子の坂上広野は近江国の関を封鎖するために派遣され、田村麻呂は美濃道を通って上皇を邀撃する任を与えられた。このとき田村麻呂は、身柄を拘束されていた文室綿麻呂を伴うことを願い、許された。平城京から出発した上皇は東国に出て兵を募る予定だったが、大和国添上郡越田村で進路を遮られたことを知り、平城京に戻って出家した。

田村麻呂は弘仁2年(811年)5月23日に54歳で病死した。嵯峨天皇は哀んで一日政務をとらず、田村麻呂をたたえる漢詩を作った。死後従二位を贈られた。 墓所は、京都市山科区の西野山古墓と推定される。

年譜
和暦 西暦 日付 年齢 事柄
宝亀11年 780年 23歳 近衛将監になった。
延暦4年 785年 11月25日 28歳 正六位上から従五位下に進んだ。
延暦6年 787年 3月22日 30歳 内匠助を兼ねた。
9月17日 30歳 近衛少将になった。
延暦7年 788年 6月26日 31歳 越後介を兼ねた。
延暦9年 790年 3月10日 33歳 越後守を兼ねた。
延暦10年 791年 1月18日 34歳 軍士と兵器の点検のため東海道に遣わされた。
7月13日 34歳 征東副使になった。
延暦11年 792年 3月14日 35歳 従五位上に進んだ。
延暦12年 793年 2月17日 35歳 征東副使が征夷副使に改称になった。
2月21日 36歳 辞見した。
延暦13年 794年 6月13日 37歳 坂上田村麻呂以下が蝦夷を征した。
10月28日 37歳 大伴弟麻呂が戦勝を報告した。
延暦14年 795年 2月7日 38歳 従四位下に進んだ。
2月19日 38歳 木工頭を兼ねた。
延暦15年 796年 1月25日 39歳 陸奥出羽按察使、陸奥守を兼ねた。
10月27日 39歳 鎮守将軍を兼ねた。
延暦16年 797年 11月5日 40歳 征夷大将軍になった。
延暦17年 798年 閏5月24日 41歳 従四位上に進んだ。
7月2日 41歳 清水寺を建立した。
延暦18年 799年 5月 42歳 近衛権中将になった。
延暦19年 800年 11月6日 43歳 諸国に移配する夷俘を検校した。
延暦20年 801年 2月14日 44歳 節刀を受けた。
9月27日 44歳 蝦夷の討伏を報告した。
10月28日 44歳 帰京して節刀を返した。
11月7日 44歳 従三位に進んだ。
12月 44歳 近衛中将になった。
延暦21年 802年 1月9日 45歳 造陸奥国胆沢城使として遣わされた。
1月20日 45歳 度者一人を賜った。
4月15日 45歳 阿弖利為と母礼等500余人の降伏を容れた。
7月10日 45歳 阿弖利為と母礼を伴い入京した
延暦22年 803年 3月6日 46歳 造志波城使として辞見した。
7月15日 46歳 刑部卿になった。
延暦23年 804年 1月28日 47歳 再び征夷大将軍になった。
5月 47歳 造西寺長官を兼ねた。
8月7日 47歳 和泉国と摂津国に行宮地を定めるため三島名継とともに遣わされた。
10月8日 47歳 藺生野の猟に従い、物を献じて綿二百斤を賜った。
延暦24年 805年 6月23日 48歳 参議になった。
10月19日 48歳 清水寺の地を賜った。
11月23日 48歳 坂本親王の加冠に列席し衣を賜った。
大同元年 806年 3月17日 49歳 皇太子が桓武天皇の死を悲しんで起きなかったので、田村麻呂と藤原葛野麻呂が支えて下がった。
4月1日 49歳 藤原雄友に従い誄を奉った。
4月18日 49歳 中納言になった。
4月21日 49歳 中衛大将を兼ねた。
10月12日 49歳 陸奥・出羽に擬任郡司と擬任軍毅を任ずることを願い、認められた。
大同2年 807年 4月22日 50歳 右近衛大将になった。
8月14日 50歳 侍従を兼ねた。
11月16日 50歳 兵部卿を兼ねた。
大同4年 809年 3月30日 52歳 正三位になった。
弘仁元年 810年 9月6日 53歳 平城京の造京使になった。
9月10日 53歳 大納言になった。
9月11日 53歳 薬子の変の鎮圧に出撃した。翌日、上皇の東国行きが阻まれ、変は終わった。
10月5日 53歳 清水寺に印を賜った。
弘仁2年 811年 1月17日 54歳 孫の葛井親王の射芸を喜んだ。
1月20日 54歳 渤海の使者を朝集院で饗した。
5月23日 54歳 山城国の粟田の別宅で死んだ。
5月27日 山城国宇治郡七条咋田西里栗栖村に葬られた。従二位を贈られた。
10月17日 墓地として3町を賜った。

田村麻呂伝説
後世、田村麻呂にまつわる伝説が各地に作られ、しだいに膨らんで歴史上の田村麻呂とかけ離れた人物と筋書きを生んだ。伝説中では、田村丸など様々に異なる名をとることがある。平安時代の別の高名な将軍藤原利仁の伝説と融合し、両者を同一人と混同したり、父子関係においたりすることもある。伝説中の田村麻呂は蝦夷と戦う武人とは限らず、各地で様々な鬼や盗賊を退治する。鎌倉時代には重要な活躍として鈴鹿山の鬼を退治するものが加わった。複雑化した話では、田村麻呂は伊勢の鈴鹿山にいた妖術を使う鬼の美女である悪玉(あくたま)(説によるが鈴鹿御前)と結婚し、その助けを得て悪路王(あくろおう)や大武王(おおたけおう)のような鬼の頭目を陸奥の辺りまで追って討つ(人名と展開は様々である)。諸々の説話を集成・再構成したものとして、『田村草紙』などの物語、謡曲『田村』、奥浄瑠璃『田村三代記』が作られた。また、江戸時代の『前々太平記』にも収録される。

田村麻呂の創建と伝えられる寺社は、岩手県と宮城県を中心に東北地方に多数分布する。大方は、田村麻呂が観音など特定の神仏の加護で蝦夷征討や鬼退治を果たし、感謝してその寺社を建立したというものである。伝承は田村麻呂が行ったと思われない地にも分布する。京都市の清水寺を除いてほとんどすべてが後世の付託と考えられる。その他、田村麻呂が見つけた温泉、田村麻呂が休んだ石など様々に付会した物や地が多い。長野県の清水寺には、田村麻呂が奉納したと伝えられる鍬形(重要文化財)がある。